口語訳 神道五部書 御鎮座次第記 その十 豊受大神
天照坐止由氣皇太神(あまてらしますとゆけのすめおほみかみ)一座度會(わたらひ)郡山田原(やまだがはら)に御鎭座する。
神宮に傳はる古文書によると、昔、水の德がまだ現れてをらず、天地がまだ出來てゐなかつた時、瑞八坂瓊之曲玉(みづのやさかにのまがたま)を九宮貴神壇(きうきうきしんだん)にささげると、水が變化して天地となつた。天地が起つて人間も生まれた。
この水德の名を天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と申す。故に幾度となく變化する水の德を受け、命を續ける術(食糧を生産すること)をも生んだ。だから別名を御饌都神(みけつかみ 食の神といふ意味である。)とも申すのである。
解說
九宮といふ言葉が原文に現れてゐるが、これは道敎の九宮貴神のことである。九宮貴神とは、太一(たいいち 北極星である。)、攝提(せつてい 北斗七星のうち柄の方の三星)、軒轅(けんえん 黃帝)、招搖(せうえう)、天符(てんぷ)、青龍(せいりう)、咸池(かんち)、太陰(たいいん)、天一(てんいつ)のことである。
この九宮の話も後の時代に紛れ込んだ部分であることに相違なく、天地が出來てをらず、人もゐないのに誰が九宮貴神壇に曲玉を捧げたのかといふことになる。明かな矛盾である。
ここで大切なことは、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が水の德(惠み)の神であるといふことである。これも陰陽五行說の影響があると考へられるが、豐受大神が水の德を持つといふことの眞僞はわからない。
尚書(しやうしよ)に洪範九疇(こうはんきうちう)といふ漢國の法が載つてをり、その九つのうちの第一が五行である。
一五行。一曰。水。二曰。火。三曰。木。四曰。金。五曰。土。(第一は五行。一に水、二に火、三に木、四に金、五に土である。)
日本書紀も古事記も、この五部書もさうであるが、宇宙の原始を記す時は漢籍からの引用が多い。
また、この書では豐受大神を天御中主神と同一神としてゐるが、これは伊勢神道に特殊の考へであり、外宮の神主家の度會(わたらひ)氏が外宮の地位を上げようとして捏造したと考へられてゐる。復古神道や今日の神道では完全に否定されてゐる。