口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その十一

崇神天皇三十九年壬戌に、天照大神を但波の與佐宮に遷座された。止由氣皇神が天下られて、輝きを合はせられ、德を等しくされる樣は、天之小宮(あまのわかみや)のやうで、一箇所に竝び御鎭座されてゐた。時に、和久産巢日神の子豐受姬命穀靈神である。御神酒を供へられた。今丹後國竹野郡奈具(なぐ)社に鎭座される豐宇賀能賣神(とようかのめのかみ)である。またこの神は元は天女で、后羿(こうげい)の妻姮娥(こうが)である。いはゆる月の紫微宮より天降つた天女である。また丹波道主貴(たにはのみつぬしのむち)素戔嗚尊の子孫粟御子神(あはみこのかみ)である。は、朝夕の大御饌を供へて奉仕した。その功を終へられて、止由氣太神は高天原に戻られた。この場所で、白銅の寶鏡を道主貴八小男童(やをとめ)天日別命が奉齋した。