口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 その六

この時に、大若子命一名大幡主命である。御間神社の祭神である。使ひをやつて、朝廷に御夢の有樣を申し上げさせた。すると天皇はその日同じ夢を見られてゐた。「大若子の使ひよ、退きて徃き、鎭祭せよ。」とおつしやられた。この年、物部八十氏の人たち、手置帆負、彥狹知の二神の子孫を率ゐて、忌斧、忌鉏等を以て山の木材を採りはじめて、神の敎へに從つた。度相山田原の地形は廣大で麗しい。大田命は金石を以て地底に太い宮柱を立て、翌年戊午七月七日、大佐々命を擔當者として御鎭座申し上げた。

口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 その五󠄀

雄略天皇二十一年十月朔、倭姬󠄀命に夢のお告げを受けられた。皇太神吾󠄀は天󠄀の小宮󠄀に坐す樣󠄂に、天下でも一座のみで坐したくない。御饌も安心して召し上がれぬ。丹波國與佐の小見比󠄀沼之魚井に坐す道主(みちぬし)の子八乎󠄀止󠄀女(やをとめ)の祀る御饌都神この止由氣大神は水󠄀氣の元の神であり、千變萬化して一水の德󠄀を受け、續󠄀󠄀命の術󠄀を生まれた。ゆゑに名を御饌都神といふのである。また古語で水の道󠄀を御饌都神といふのである。天照大神と止由氣大神とが一箇所に雙󠄀座される時に從ふ諸諸の神が饗󠄀を獻󠄀るのはそのためである止由氣皇太神をわが坐す國へつれて來て欲しい、と敎へられた。

口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 その三

この時、天照皇太神と止由氣大神とは、輝きを合はされ、德󠄀をひとしくされてをられた。天上のよそほひの樣󠄂に一所に二座竝んでをられた。和久產󠄀巢󠄀日(わくむすひ)神の子の豐󠄀宇可能賣󠄀(とようかのめ)命、屋船稻靈󠄀神である。五穀を產󠄀んで、善󠄀い酒󠄀を釀し、御󠄀饗󠄀した。御󠄀炊󠄀(みかし)神である氷󠄀沼道主(ひぬのみちぬし)素戔嗚尊の孫である。またの名は粟󠄀御子神である。今の世に御󠄀炊󠄀物忌といふのは、このためである。三十六柱の竈(かまど)神を率ゐて、朝󠄀の大御氣、夕の大御氣を炊ぎ備へて御󠄀饗󠄀申上げた。丹波道主貴(たにはのみちぬしのむち)大日日(おほびび)天皇の子の彥󠄀坐󠄀(ひこいます)王子の子である。今の世に大物忌子といふのはこのためである。御󠄀杖代󠄀となつて、澤山の机に品々を供へて、神甞を奉つた。諸神が作られた神を祭る物、五穀が旣󠄀にととのひ、百姓は賑やかであつた。その功績が御濟󠄀みになると、天照大神は伊勢へと向かはれた。止由氣大神は高天原に戾られて、日之小󠄀宮(ひのわかみや)にをられた。その時、天津󠄀水影󠄀(あまつみづかげ)乃寶󠄀鏡を吉佐宮に留めおかれた。天地開闢の折、萬物は旣󠄀に備はつてゐたが、混沌の元を照らす物なく、ゆゑに萬物の化はある樣󠄂でなかつたのである。さうして時が下るにつれて、自づから尊さを失つたのである。時に國常󠄀立󠄀尊󠄀のお生みになつた神が、天󠄀の御󠄀量事󠄀により眞󠄁經󠄀津󠄀(まふつ)の寶󠄀鏡󠄀三面を鑄造された。まことにこれは自然の靈󠄀物であり、天地は感應した。この時に神明の道は明らかになつて、天文地理が自づと存在する樣󠄂になつたのである。ゆゑに鏡を作られた神を天󠄀鏡神と申すのはこのためである。そこで、天津神籬を魚井原(まなゐはら)に立てられ、黃金の樋󠄀代に祕藏した。道主貴、八小童󠄀、天󠄀日起󠄀命、豐󠄀宇可能賣󠄀命は御饌をそなへ、齋󠄀祭つた。その時に、高貴(たかぎ)大神が神勅を下された。「皇孫命の靈󠄀を大󠄀祖止由氣皇太神の前の社して崇󠄀めるのがよい。云々」。そこで相殿の神とした。御神體は鏡である。皇孫命は金の鏡である。

口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 その二

崇神天皇三十九年壬戌、天照大神は但馬(たんば)の吉佐宮(よさのみや)に遷られた。その年、止由氣皇太神が秘密の契約を結んで天降られた。その時に大御食津臣命と建御倉命と中臣の先祖、屋船命(やふねのみこと)草木の靈である。今の度相郡に鎭座する淸野井庭󠄂(きよのゐば)神社である。宇賀之御魂稻󠄁女神(うかのみたまいなめのかみ)今小俣神社といふ。宇須乃女神(うすのめのかみ)五穀の神である。宇須󠄀野社といふ。須麻󠄃留賣(すまるめ)神今須麻󠄃留賣社といふ。宇賀之大土御祖神(うかのおほつちみおやのかみ)素戔嗚尊の子である。度相の山田原の地の衞り神である。若󠄁雷(わかいかづち)神今の世に北御門の大明神といふ、彥國見賀岐建與來(ひこくにみがきたけよく)命度相國見神社といふ。天日起命伊勢の大神主の先祖の神である。振魂命(ふるたまのみこと)玉串大内人の祖先である。が從つて來られた。

口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 その一

この世界の始まりに、大海の中に一つの物があつた。浮かんでをり、形は葦の芽󠄄の樣であつた。その中に神がお生まれになつた。その神の御名は天御中主神である。故に豐葦原中國といふ。またそれによつて豐受皇太神と申し上げる。天照大日孁貴尊と八坂瓊曲玉八咫鏡、草薙劔の三種の神財を皇孫(瓊瓊杵尊)に授けられて、天璽(玉璽)とされた。「この寶鏡をみる時は吾を見るが如くしなさい。お休みになる時も、公務の時も離さず、奉齋する鏡としなさい。皇位の榮えることは天地とともに永遠のものとなる樣に。」と仰せられた。

 

皇孫瓊瓊杵尊天照大神の御子天忍穗耳尊の御子である。母は天御中主神の御子高御産靈尊の娘栲幡千姬命(たくはたちひめのみこと)である。素戔嗚尊が日神にお別れの挨拶をされようと天に昇られた時、櫛明玉命(くしあかるたまのみこと)がお迎へし、瑞八坂瓊曲玉を獻じられた。素戔嗚尊はそれを受けられ、今度は日神に奉つた。その後、お二人は約誓(うけひ)をされて、その玉に感應して天祖忍穗耳尊がお生まれになつた。天照大神が忍穗耳尊をお育てになられた。この上なく愛されて、掖子と云はれた。今俗に稚子(わかこ)といふのは、これが訛つたものである。天照皇太神と止由氣皇太神との二柱の大神は、皇孫の祖神である。故に名を皇孫命と申すのである。高皇産靈尊の事を皇親神漏岐命(すめむつかむろぎのみこと)と申すのである。お伴の神天兒屋命に、中臣首(おびと)の先祖である。天津諄辭(あまつのりと)の太祝詞(ふとのりとごと)を以て祓へに仕へさせた。太玉命忌部首の先祖である。櫛明玉命の兄である。は、大幣を捧げ持ち、天村雲命伊勢大神主の先祖である。阿波國麻植(をう)郡に坐す忌部神社天村雲神社の二座である。太玉串をとつて仕へた。天神地祇前後につき從ひ、天關(あめのいはと)をひらき、雲を押し分けて、前を駈けてさきばらひをし、八重雲を勢ひよく搔き分けながら筑紫日向高千穗槵觸峯(つくしのひむかのたかちほのくしふるのたけ)に天降られて、宮をお造りになられた。天日嗣を開かれ、國に君臨なされた。神と人とをととのへられ、大いなる大功を廣められ、時に恩寵を流されて、人々を鎭められた。上は天つ神の國を授けられた御惠に應へられ、下は國つ神の正しきを守る心を敬はれた。災ひを除かれて、正しきに復さしめられた。德を等しくされ、道は自然の順行に適つた。だから天下の人々、禽獸草木まで皆自得して安寧となつた。故に天地と共に無窮であり、金屬や石の樣に朽ちないのである。まことに人民自然の德は、はじめに適ひ、今に恩惠を與へてゐるのである。

口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 序

豐受太神御鎭座本紀一卷(以後、御鎭座本紀といふ。)は、奧書に乙乃古命(おとのこのみこと)の二男大神主飛鳥(あすか)が記したとある。ただ、今日では奧書は信じられてをらず、鎌倉初期の作とされる。この口語譯は增補大神宮叢書17 度會神道大成 前篇所󠄃收の御鎭座本紀を底本とする。大神宮叢書は延文元年度會實相書寫の卷子本(神宮文庫一門七七五號)を底本としてゐる。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その二十三 完

嘗て、大田命が皇大神宮御鎭座の時に、參上して狹長田(さながた)の御戸代田(みとしろた)を獻上して、地主となつて仕へた。三節祭と春秋の神御衣祭(かむみそのまつり)、臨時の幣帛、勅使參向の時に、太玉串と天八重榊を設けてお供へした。神代の古き制度を今に傳へてゐる。國神(くにつかみ)の忠神である。時に雄略天皇二十二年戊午、齋内親王と神主、物忌たち、託宣を受けて、訓傳を作つた。それぞれが大切に持つて、誰にも見せず、深くしまひ込んで隱した。大神主の大佐々(おほささ)、前大神主の彥和志理(ひこわしり)、無位神主の御倉(みくら)、大物忌の酒目(さかめ)押刀目(おしとめ)達がかしこみかしこみも申し上げます。

 

倭姬命 璽

白髪内親王 

詔書。皇大神宮の前大神主の彥和志理命。謹んで大田命訓傳をたてまつります。

 

繼體天皇の御代の丁亥。乙乃古命の二男神主飛鳥がこれを傳へ記した。神道の敎へはただの人にはみせてはならない。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その二十二

豊受宮御井神社(とようけのみやのみゐじんじや)

右の御井は天二上之命(あめのふたがみのみこと)が琥珀の鉢で丁寧に汲み入れたもので、天より傳はつたものである。七星が羅列して護ること、天の宮の裝ひの樣である。皇太神と瓊瓊杵尊とが天下られた時、天牟羅雲命が(あめのむらくものみこと)御前に立つて天下る時に、瓊瓊杵尊が天牟羅雲命を召されて、いはれた。「我の統治しようとする國の水は未だ飮めたものではない。酷い水である。だから、御祖の天御中主命の許に參上して、この由を傳へて參れ。」と命令された。

 

そこで天牟羅雲命は、天上に登つて、瓊瓊杵尊の御祖の前に行つて瓊瓊杵尊の仰せられたことを子細申し上げた時に、天照皇太神、天御中主神、神魯伎(かむろぎ)、神魯美(かむろみ)尊が仰せられた。「樣々な政事をお敎へしてお下ししたが、水取(もひとり、飮水)の政事を遺してしまつて、天下がまた飢餓に苦しんでゐる樣だ。どの神を天下すべきかと思つて問うてゐたが、丁度勇んで昇つて來たものだ。」と仰つて、高天原の井戸の水を汲んで、大量に器に入れて敎へられた。「この水を持つて天下り、皇太神の神饌に澤山盛つて、はじめに、このつかはした水は天の忍水と言つて、瓊瓊杵尊の治める國の水を柔らげてからたてまつれ。また瓊瓊杵尊と共に天降つた五柱の神、三十二神、他の無數の神たちにもこの水を飮ませよ。」と仰られて、天下らせた。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その二十一

朝熊神社(あさくまじんじや)六座倭姬命が敬ひ祭つた神社である。

 

 櫛玉命(くしたまのみこと)一座。倭姬命の御代に瑞玉を造つた。また、酒甕(かめ)を造つたともいふ。御神體は石である。

 

保於止志神(ほおとしのかみ)一座。倭姬命の御代に敬ひ祭つた神社である。眞名鶴が生んだ神である。御神體は石である。懸税(かけぢから)の神である。

 

櫻大刀神(さくらおほとしのかみ)一座。御神體は櫻の木である。日本の櫻の木の初めで、天上より降臨した。だから花開姬命である。一座に大山祇(おほやまつみ)と竝んで坐す。

 

苔虫神(こけむしのかみ)一座。櫻多刀神と力を合はせて、大小の刀、鉾等をお造り申し上げた。御神體は石である。

 

大山祇(おほやまつみ)一座。寶鏡鑄造の功勞神である。御神體は石である。櫻神と竝んで御鎭座する。

 

朝熊水神(あさくまみとのかみ)一座。寶鏡鑄造の功勞神である。御神體は石である。

 

件の神社(鏡宮)の寶鏡二面は、日神月神を生じた白銅鏡を神託により倭姬命が製作された鏡である。天照大神が奈尾之根宮(なをのねのみや)にいらしやる時、大年神(おほとしのかみ)、大山津見(おほやまつみ)山祇(やまつみ)朝熊水神(あさくまみとのかみ)等がこの地で饗應した。故に神社が建てられたのである。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その二十

倭姬命が礒宮(いそのみや)にいらした十一月、新甞祭の夜が更けてそばの者達が退出した後に、神主や物忌たちに仰せられた。「わたしは今夜皇太神と止由氣皇太神の神勅を承けた。以下の樣に託宣された。お前たち、正明の心で聞け。人は天下の神の寶である。精神を傷附けてはならない。神が恩寵を垂れるのは祈りを第一とし、神のご加護は正直による。その本來の心のままであれ。皆に神明の道を得させよ。故に神主は太古の本源を守り、佛法を退け、神を敬ひ、散齋(さんさい)致齋(ちさい)、内淸淨外淸淨の日は、喪を弔つたり、病人を見舞つたり、動物の肉を食べたりしてはならない。刑罰を下してはならない。罪人に罰を下してはならない。音樂をしてはならない。穢れたことを引き受けてはならない。その正しい心を散失しないで、精明の德を盡せ。左の物を右に移してはならない。兵器を用ゐてはならない。鞆の音を聞いてはならない。口から穢れた言葉を發してはならない。目で不淨を見てはならない。長く謹愼の誠に專念し、在るが如しの禮を盡くすがよい、と。その時、大神主の阿波良波命(あはらはのみこと)敕令により筆記した。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その十九

興玉神(おきたまのかみ)が託宣された。天照坐皇太神は大日孁貴である。故に日天子と申す。虛空がそのご正體である。故に天照太神と申し上げる。止由氣皇神は月天子である。故に金剛神と申す。また天御中主神(あめのみなかぬし)と申す。水の惠みで萬物に恩惠をもたらす。故に御饌都神(みけつかみ)と申す。諸神は福をもたらし、長壽を與へられる。あなたたち、天地の靈氣を受けて、神から傳はる血統を繼ぎ、その神慮をゆるがせにすることは決して御座いません樣に、とかしこみかしこみも申し上げる、と讃辭を言ひをはられた。その時、倭姬命、皇大神宮の正宮の西北の方角の大地の中にお祭り申し上げた。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その十八

次に倭姫命は神の敎へに從ひ、また太陽と月とを生んだ神鏡を鑄造されて、朝熊山神社に安置された。またこの時に、種々の神寶を鑄造され終つた。靈石を御神體とされた。總じて、大小の神々の御神體は、或るものは高天原、地上における靈物、或るものは雄略天皇の御代に造られた鏡八十三面、大小の劔五十二本、大小の矛百二十本、弓矢、各四十四種である。それらを二所皇太神宮の大幣として供へるのである。天照大神は各二十四種、止由氣大神は各 十二種を分けて安置するのである。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その十七

神鏡の事

一面は、月よりもたらされた鏡である。圓形である。三光天子(日天子・月天子・明星天子)と五匹の飛龍が守護してゐる。これは天鏡命が鑄造した白銅鏡である。月で造られた三面の内の一つである。止由氣宮でお祭りしてゐる。大田命がいふには、崇神天皇が統治されてゐた御代に、止由氣皇太神が天下られて、天照皇太神と一所に竝んで御鎭座された。その時に、天上から御身に添へて持つて來られた鏡である。神代に、天御中主神が授けられた白銅鏡である。この鏡は國常立尊がお生みになつた天鏡命が月の御殿にて鑄造された鏡である。三才(天地人)三面ある内の一面である。他の二面は、天鏡尊の子の天萬尊が繼承して、次に、沫蕩尊(あはなぎのみこと)が承け、次に伊弉諾伊弉册尊が傳承して、神賀吉詞(かむほぎこと)を奏上して、日の神と月の神とをお生みになつた時に用ゐた眞經津鏡である。天地を開闢した明鏡である。三才(天地人)を表はす寶鏡である。この鏡を受ける者は清淨を徹底し、この鏡を求める者は神の心で當たるべきである。この鏡を見るときは、無相無住の虛空の樣な心持であるべきである。以てこの鏡を神々の御神體とするのである。今一面は荒祭宮の御神體として祀り、また一面は多賀宮の御神體としてお祀りする。以上三面を稱辭を盡してお祭りしたのである。

 

一面は、八百萬の神等が石凝姥神(いしこりどめのかみ)に鑄造させた鏡である。この鏡は伊勢の大神宮で御祭りする鏡である。一名を日像八咫鏡といふ。八咫は古語では八頭である。八頭花崎八葉形である。故に八咫と名づけたのである。圓外に太陽が八つある。

 

一面は、日前宮に御鎭座する。石凝姥神が鑄造した鏡である。初めて鑄造したところ、諸神が意に合はなかつた。紀伊國の日前神である。

 

以上いづれも神代の寶鏡である。

口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その十六

また御命令になられた。神主や物忌(ものいみ)の職にある人たちは、諸々の祭の物忌の時は、諸々の穢れに觸れてはならないし、見てはならないし、聞いてはならない。弔問をしてはならない。弔辭を述べてはならない。佛法の言葉を忌み、動物の肉を食べてはならない。神甞祭の日までは新米を食べてはならない。身を淸め、愼み、心ををさめ、つつしんでお祭りせよ。また、神衣の神部も同樣にせよ。