口語訳 現代語訳 神道五部書 豊受太神御鎮座本紀 その八

次に伊賀國穴穗宮に二日お泊りになつた。その時、朝夕の御饌であるが、箕(み)を造るための竹原と藤や黑葛が生ふる所三百六十町と、年魚(あゆ)をとる淵、梁(やな)を打つ瀨一所、また御栗栖三町を國造らが獻上した。よつて二所皇太神宮の朝夕の大御饌の料所と定められた。次に伊勢國鈴鹿の神戸に一泊された。次に山邊(やまのへ)行宮に一泊された。今壹志郡新家村といふ。次に渡相(わたらひ)沼木平尾に遷られて三箇月をられた。今離宮(たびのみや)といふ。夜な夜な天人が降臨して神樂を奉つた。今の世の豐明(とよのあかり)といふのはこれに由來する。來目命の子孫である屯倉の男女、童子たちが宴を開いた。