口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その五

第十代崇神天皇の御代になつて、やうやく天皇は神威を恐れられる樣になられ、御殿が同じでは不安で居たたまれなくなられた。そこで改めて、齋部(いむべ)氏に、石凝姥神の末裔と天目一箇(あめのまひとつ)の末裔である二氏に、天香山(あめのかぐやま)の白銅、鐵を取らせ、劍と鏡とを鑄造する樣に命令された。

 

それらの劍鏡を玉體(ぎよくたい)を護る御璽とされた。これが卽位の日に獻上される、神の印の鏡と劍とである。内侍(ないし)のことである。一般に御璽といふのは、大己貴神(おほなむちのかみ)と、その御子事代主神(ことしろぬしのかみ)とが大日孁貴に獻上した八坂瓊之曲玉のことである。

 

崇神天皇六年、天照大神と倭大國魂神との二柱の神を天皇の御殿の中で共に祭つてをられたが、その神威を恐れられて、神々と共に住まはれるのが不安になられた。ゆゑに九月に、大和國の笠縫邑(かさぬひむら)に行かれて、磯城(しき)の神籬(ひもろぎ)を特別に立てられて、そこへ天照大神(八咫鏡)と草薙劔(くさなぎのつるぎ)とを遷し申し上げた。そして、皇女豐鋤入姬(とよすきいりひめ)に祀らせた。