口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その三 皇孫

昔、天照大神と天御中主神とは高天原の神々の御意向を受けて、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)天照大神の御子である忍穗耳尊の御子である。母は天御中主神の御子高皇産靈尊の娘である拷幡豐秋津姬命(たくはたとよあきつひめのみこと)である。に、八坂瓊の曲玉、八咫鏡、草薙劍の三種の神器を賜つた。

 

また、大小の神々三十二柱を隨伴させられた。その時に皇孫瓊瓊杵尊に御命令になられた。「葦原千五百秋の彌圖穗國(みづほのくに)は吾が子孫の君主たるべき所である。皇孫瓊瓊杵尊よ、赴いて統治しなさい。ご無事でありなさい。皇統が榮えることが天地と共に永久に榮える樣にしなさい。」

 

時に皇孫瓊瓊杵尊高天原玉座を離れて、空の幾重の雲を押し分けられて、勢ひよく道を押し分け押し分けされて降臨なされた。(吾は)天の八衢(やちまた)にお迎へ申し上げて、ご一緖して、皇孫の行幸される道を開きながら進んだ。そして、筑紫日向高千穗の槵觸(くしふる)の峯に到達した。

 

皇孫と親しき神魯伎(かむろき)天御中主神の御子である高皇産靈神である。神魯美(かむろみ)高皇産靈神の弟の神皇産靈神(かむむすひのかみ)である。の御命令により、皇孫之命(すめみまのみこと)を日向高千穗槵觸の峯に御案内し、天の蔭となり、日蔭となる樣に、巨大で太き宮柱を立て、眞新しく立派な御殿をお建てした。

 

「屋船命(やふねのみこととよむ。御殿の守護神である。)よ木の精靈である久久遲命(くくのちのみこと)、稻の精靈である豐宇加能姬命(とようかのひめのみこと)のことである。高天原の靈妙な稱辭によつて申し上げる。皇孫が高御座(たかみくら。皇位のこと)にをられて、豐葦原瑞穗國(とよあしはらのみづほのくにとよむ。日本のこと)が安らかで穩やかな國となる樣に統治なされて、皇位が永久に續く樣に。」と、高天原の神々のお考へによる皇位の證である、劍と鏡とを捧げ持たれて、瓊瓊杵尊は稱辭を述べられた。天下を治められたのは三十一萬八千五百四十三年であつた。