口語訳 現代語訳 神道五部書 御鎮座伝記 その二 猿田彦の名のり

「押しなべて、天地開闢の事は、偉大な人々が書き記してゐる。だが、ここ伊勢の天照皇太神が五十鈴の川上に御鎭座せられ、社殿を造つた事績は書き著はされることがなかつたので、そのはじめは遙か遠いこととなつてしまひ、御鎭座のことわりは言ひにくい。どうか、諸々集へる者達よ、聞いておくれ。

 

吾(われ)は天下の國土の君主である。ゆゑに國底立神(くにのそこたちのかみ)と申す。吾は臨機應變に神出鬼沒であるから、氣の神とも名乘る。

 

吾はまた、根の國、底の國より來る魑魅魍魎(ちみまうりやう)の處に行つては立ち向かひ、惡靈を退散して守護する神であるから、鬼神(幽冥の守護神 御鎭座傳記抄より)とも名乘る。

 

吾はまた人々のために、長壽や幸福を授けるので大田神(おほたのかみ)ともいふ。吾はよく魂を活きかへらせるので、興玉神(おきたまのかみ)とも申す。

 

どれも皆自然とついた名である。勿論、その名に恥ぢぬ力を備へてをる。吾は言ふべきことをいひ終はつたら、避らうとおもふ。(つづく)

 

解說

倭姬命の頃には、未だ文字が無い。

國底立神は國常立神の別名である。

大田命の所には佛語の福田の意味が含まれてゐる。後の法師が入れたものか。漢語林の福田①仏語。福徳の報いをもたらす基となる善行を、田が物を生ずるのにたとえていう。