口語訳 神道五部書 御鎮座次第記 その十二

第十代崇神天皇の三十九年に、天照皇太神は但波(たんば 丹波と同じ。)の吉佐宮(よさのみや)に遷(うつ)られ、そこで年月を經られた。この時に、止由氣之皇神(とゆけのすめがみ 豐受大神と同じ。)が天降られて、天照大神と豐受大神とはご協力されて、かつて高天原の天小宮(あめのわかみや)での立派なならはしそのままに、一箇所に二神がをられた。

 

解說

日本書紀では、第十代崇神天皇六年に、天皇八咫鏡(やたのかがみ)を大和(奈良縣)の笠縫邑(かさぬひむら)に遷された。その後、第十一代垂仁(すいにん)天皇二十五年まで笠縫邑に鎭座されてゐたことになつてゐるが、この書では崇神天皇三十九年に丹後國(京都府)の吉佐(よさ)に遷(うつ)られたとある。

 

そこに豐受大神が降臨されて、二神は今の伊勢神宮の樣に、近い場所に御鎭座されてゐたといふ。また、二神は高天原でも同じ樣に、共に天小宮(あめのわかみや)に居られたさうである。