主基の語源に定説無し

於是、主基の語源に定説無く、樣々の説があることが分かりぬ。しかれば、諸説を竝列して記すべきなり。さう考へると神社新報の記事は不適切と言ふべきなり。

神道辭典

ゆき・すき 悠紀・主基 践祚大嘗祭に定められてゐる二つの祭祀のそれぞれの一方の系列に關する名稱で、ユキ・スキといふ。云々。悠紀の語源的意味は、古くから湯にて清まはる云々、主基は次、濯ぎ淸む、淸忌の御膳、齋城の助、日嗣の嗣などの意であるとして…

神祇辭典には

鈴屋の大人の濯ぎ淸めるの説と鈴木重胤先生の悠紀の次なる説とを兩論併記してゐたり。しかも鈴屋の大人の説を第一に持つて來てゐたり。いづれが定説ともいひがたくなりぬ。 神道辭典の田中初夫氏の意見はよりつばらかなり。田中氏は主基の語源について『悠紀…

神道大辭典によれば

スキ 主基 大嘗祭には悠紀主基の國を定めて云々「スキ」の義に就き濯ぎ淸むる意とも、また次の字を充てたるに依りて、悠紀に次ぐの義なりとも解かれてをる。『玉勝間』に、「次は借字にして云々」と見え、鈴木重胤は、「仕奉る物も事も、悠紀と少しも異なる…

定説と鈴屋の大人の説

主基を次とするは日本書紀が主基を次と記したるに據る定説なるべし。本當にさうなのか、つばらかに調べむ。

玉賀都萬一の卷の悠紀主基

本居宣長全集第一卷に載る玉賀都萬一の卷 悠紀主基[五]にいふやう、 大嘗の悠紀主基の主基の事、書紀の私記に、師説ニ、齋忌ニ次グナリ、といへるより、今に至るまで、人皆此意とのみ心得ためれど、ひがこと也、かの説は、天武紀に齋忌此ヲ踰既ト云、次此ヲ…

該當記事

該當記事を見附けり。平成二十九年三月十三日の神社新報第三三四四號の五頁『皇室の制度と歷史』第十八回大嘗祭について也。 該當箇所にいふやう 「悠紀は清淨な場、主基は次ぐといふ意であり、悠紀と主基とが揃ふことで完結した世界を表すといはれてゐる。」…

調ぶべき事

神社新報の『皇室の制度と歷史』てふ特集の何號か忘れたれど、藤本賴生國學院大學准敎授が大嘗祭の悠紀主基の名について主基を次の意と説明したるは如何。玉がつまのいづこかにこの説を否定するものあり。調ぶべし。物知り人あれば、敎へ給へ。近々報告せむ。

「逢ひ見ての」のつもりが…

名前を小倉百人一首の第四十三首、権中納言敦忠の 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり よりahimitenoとせむと思へども、あやまりてahimitemoとせり。己の愚かさを恥づ。 何故此の歌よりとると問はれると、此れといふ譯無けれども、此の…