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定説と鈴屋の大人の説

玉賀都萬一の卷の悠紀主基

本居宣長全集第一卷に載る玉賀都萬一の卷 悠紀主基[五]にいふやう、 大嘗の悠紀主基の主基の事、書紀の私記に、師説ニ、齋忌ニ次グナリ、といへるより、今に至るまで、人皆此意とのみ心得ためれど、ひがこと也、かの説は、天武紀に齋忌此ヲ踰既ト云、次此ヲ…

該當記事

該當記事を見附けり。平成二十九年三月十三日の神社新報第三三四四號の五頁『皇室の制度と歷史』第十八回大嘗祭について也。 該當箇所にいふやう 「悠紀は清淨な場、主基は次ぐといふ意であり、悠紀と主基とが揃ふことで完結した世界を表すといはれてゐる。」…

調ぶべき事

神社新報の『皇室の制度と歷史』てふ特集の何號か忘れたれど、藤本賴生國學院大學准敎授が大嘗祭の悠紀主基の名について主基を次の意と説明したるは如何。玉がつまのいづこかにこの説を否定するものあり。調ぶべし。物知り人あれば、敎へ給へ。近々報告せむ。

「逢ひ見ての」のつもりが…

名前を小倉百人一首の第四十三首、権中納言敦忠の 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり よりahimitenoとせむと思へども、あやまりてahimitemoとせり。己の愚かさを恥づ。 何故此の歌よりとると問はれると、此れといふ譯無けれども、此の…