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調ぶべき事

神社新報の『皇室の制度と歷史』てふ特集の何號か忘れたれど、藤本賴生國學院大學准敎授が大嘗祭の悠紀主基の名について主基を次の意と説明したるは如何。玉がつまのいづこかにこの説を否定するものあり。調ぶべし。物知り人あれば、敎へ給へ。近々報告せむ。

「逢ひ見ての」のつもりが…

名前を小倉百人一首の第四十三首、権中納言敦忠の

逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり

よりahimitenoとせむと思へども、あやまりてahimitemoとせり。己の愚かさを恥づ。

 

何故此の歌よりとると問はれると、此れといふ譯無けれども、此の歌が小倉百人一首の中で最も記憶に殘つてゐたるからか。想ひ出の一首なり。

 

吾が小學校五年生の時、敎師が汝いづれの歌を好むと問ひければ、吾「逢ひ見ての」の歌を最も好むと答へり。敎師、いぶかしがりて汝歌の意を知るかと言へども、吾師の言はんとせむことを悟らざりき。當時、この歌、意しらべのむためでたしと思ひき。

 

此の歌は後朝の歌で、いはゞ目合ひの後の朝に男が女へ贈りたるなりけり。意は目合ひて後の今のそなたへの熱き想ひにくらぶれば、以前は戀ひせざるに等し、といふところか。

 

今思ふと昔はものを知らざりけり。